『草燃える』

 1979年に放送された大河ドラマなのだが、NHK局内には映像が総集編しか残っていなかった。それを担当ディレクターや視聴者が録画したビデオテープから復元し、奇跡的に全話そろったというもの。さすがにかなりの低画質であるが全話見られるだけでもありがたい。録画してくれていた当時の人に感謝するほかはない。できれば『花神』も復元されればなあ。

 その『草燃える』は鎌倉幕府のはじまりを北条氏の視点から描いた作品。ふつう源平ものは源義経が主人公だったり『平家物語』のように滅び行く平家視点からだったりするので北条氏というのは少し珍しいように思う。NHK大河ドラマでも義経ものは2本、平家ものが1本だ。特徴としては関東の武家たちの会話が現代語で交わされることで、ビデオ撮影であることといい、往年のホームドラマのような印象を受ける。一部では第1話の現代語調の会話にがっかりして見るのをやめた人がいるらしいがなんともったいない。ホームドラマかと思って見ていると壮絶な陰謀と殺し合いが始まるのである。
 登場人物たちがどれも魅力的だ。石坂浩二源頼朝は情に篤いようで非情だ。馳せ参じた武士の手をとって「そちだけが頼りだ」といい、その武士は感激するのだが、同じことを全部の武士にやって北条義時をあきれさせる。傲慢な上総介広常に対して強い態度で出るも、退出した後でほっと気が抜けてハッタリだったことを側近の安達盛長に明かしたりする。そんないかにもな裏表があるかと思えば、北条義時には正妻政子の弟であるにもかかわらず愛人を迎えにやらせたり、義時の兄宗時の仇伊東親子への恩赦を知らせる使いにやらせたりと心をすりきらせるような仕事をさせて忠誠心を図ったりもする。手勢がまったくなく血筋だけで祭り上げられた人物が実際の権力を握るにはこのようであったのかと納得させられる。私の世代だと役者としての石坂浩二の印象は薄いのだが実に人間くさくて深みのある頼朝が演じられていておもしろい。
 国広富之の九郎判官義経は平家追悼の英雄だがこのドラマでは空気が読めない困ったやつだ。飢饉の中にも関わらず平家追悼の遠征を主張し、清盛が死んだと聞いて喜ぶ武士たちに反駁して仇が討てないと怒る。鎌倉に集まっている武士たちにも無礼な振る舞いをして鼻つまみ者となっていく。そりゃ御家人たちに嫌われるのも仕方がないと思わせるのに十分だ。
 三浦義村は、藤岡弘が演じているのだけど、さわやかでにこにこしている好青年でありながら陰謀を張り巡らす二面性がいい。腹黒い藤岡隊長のいうのは実に新鮮だ。その三浦義村に騙されて恨みを募らせ、果ては人肉を食い強盗をするまでに墜ちていく伊東十郎祐之。この後『徳川家康』で主人公家康を演じる滝田栄だが、たぶんこのドラマでもっとも強烈な人物となっている。
 実質的な主人公にあたる北条義時松平健が演じているのだけど、今はまだ頼朝の命令を唯々諾々と聞きながらつらい日々を過ごしている。もっとも命令に対してどう思っているかは黙っているだけなのでこれも怖い。義時は最終的には鎌倉幕府における北条氏のヘゲモニーを確立するのだが、この年には『暴れん坊将軍』の第一シリーズが始まるように松平健にとっては実に天下人イヤーだ。
 人物の魅力をあげていくときりがないが、群像劇なだけに誰かが絶対的な正義ということがなくてそれがよい。ホームドラマ調の愉快なやりとりと陰惨な場面とが激烈な対比となっていて飽きない。今後が実に楽しみである。