さいきん見た映画『アンヴィル!夢を諦めきれない男たち』

アンヴィル!夢を諦めきれない男たち』"Anvil! The Story of Anvil"サーシャ・ガバシ監督、12/17池袋シネマ・ロサにて、21:15の回

 以下ネタバレあり。

遡ること25年、1984年8月に行なわれた伝説のメタルフェス<スーパーロック84>。今ではとても考えられない凄いメンツが集まって全国をツアーした、画期的なイベントがあった。

出演は5バンド。ANVIL、BON JOVISCORPIONS、MSG、WHITESNAKEだ。トリは重鎮スコーピオンズ、他はまだ駆け出し〜中堅どころだったが、その後の彼らの活躍はご存知の通り。みんなビッグになった。そう、唯一アンヴィルだけを除いて…。

 この映画を見て思い出したのはジョー・ストラマーのドキュメンタリ『Let's Rock Again』だ。『Le'ts Rock Again』ではクラッシュというロックの歴史に輝く偉大なパンクバンドのリーダーが、その解散後にメスカレロスというバンドを率いて再起をかける姿を追う。町で手書きのビラを撒いたり、ラジオ局に自ら営業に行ったり。かつてはスターだったが今ではマイナーなバンドマンは、だがとてもファンを大事にして地道に活動を続けている男だった。

 『アンヴィル!』はより悲惨な境遇かもしれない。クラッシュの名はロックに興味を持つものならば誰もが知るバンドだがanvilというバンドを知るのはメタルファンでもごくコアな人だけだったという。私などはメタルについての知識がまるでないのでほんとにまったく知らなかった。かつて傑作アルバムを作り、今では有名になったバンドたちに影響を与え、そして忘れ去られたバンドだ。しかしアンヴィルは諦めなかった。一瞬の栄光の日日が過ぎて二十数年、その間も曲を書きアルバムを作りライブを行い続けてきた。
 映画『アンヴィル!』はその姿を追う。生活のための仕事に追われながら音楽の夢を諦めきれないでいる彼らはヨーロッパツアーに出る。数人しかいないホールでも熱心にライブし、ギャラの未払いで大げんかし、いい加減なマネージメントに振り回される。アルバムを作る資金のために姉に借金をする(名プロデューサーへのギャラとしては格安だが肉体労働者には大金だ)。出来たアルバムはレコード会社に時代遅れだと酷評されて契約に結びつかない。

 でも諦めないのである。アルバム制作をめぐってひどいケンカをしても仲直りをし、断じて夢を諦めないと唇をふるわせながら宣言する彼らの姿に「大人になれよ」なんて言えるやつがいるだろうか。男はただ年をとるだけで大人にはならない、そのとおりだ。大人になるんじゃない、夢をあきらめるだけ、夢のために努力することをあきらめるだけである。
 誰だって夢を挫折したことがあるだろう。夢のために努力している人に羨望を感じたこともあるだろう。そんな人にとって、50歳を超えてもなおブレイクを夢見てバンドを続けている彼らはたしかに「こっけい」だが、しかし「心を打つ」。あのようには生きられない、しかしそのように生きている人間たちを応援しないではいられない。電話セールスの押し売りアルバイトもつとまらないような実直な男ならなおさらだ。

 この映画はそんな男たちにある奇跡が訪れて終わる。あのあたりは日本の特殊事情(海外と違って日本のフェスは律儀に朝から盛り上がるとか、メタルファンはプロレスファンと同じでレジェンドに敬意を払いたがるとかいろいろ)があるんだけど、まあ細かい話はいい。それがこの長く苦しい道を選んだ人たちの映画に素敵なハッピーエンドを用意できたなんて素晴らしいじゃないか。彼らはこの映画の成功によって映画とセットになったショウをやったりAC/DCの前座やったりしているんだそうである。日本のメタルファンの律儀さがひとつのバンドに光明をもたらしたのだとしたらそれはすがすがしいことだ。私はメタルファンじゃないけど、とてもこの映画を楽しめた。

 『アンヴィル!』は現在各地で上映中だが、ジョー・ストラマーの映画『Let's Rock Again』も来年1月に吉祥寺バウスシアターで再上映される。

関連リンク:
破壊屋_アンヴィル!夢を諦めきれない男たち
Smashing Mag/ "Let's Rock Again!"ジョー・ストラマー

 おまけ。これも吉祥寺で見られるみたいなので行くつもり。モーニングショーだからけっこうきついが。